明治の半ば、科学の魅力を少年たちにわかりやすく伝えた雑誌があった。1888年創刊の『少年園』である。その趣旨の奥にあった狙いを読み解いた論文がある。
今日の論文
- 著者: Ruselle Meade ― カーディフ大学(日本研究)
- タイトル: Juvenile Science and the Japanese Nation: Shōnen’en and the Cultivation of Scientific Subjects(少年の科学と日本国家——『少年園』と科学的臣民の育成[仮訳])
- 掲載: Japan Review 34(2019)、pp.113-137 / DOI: 10.15055/00007410
- 論文はこちら: https://doi.org/10.15055/00007410
- アクセス: オープンアクセス(無料公開・CCライセンスの明示なし)
どんな論文?
この論文が言っているのは、ひとことで言えば、明治の少年雑誌『少年園』(1888〜1895年)は、日本が植民地を持つ帝国になる前から、天皇に忠実な臣民を育てる手段として科学を少年たちに届けていた、ということだ。
明治の半ば、政府は学校で道徳の教育を重んじ、理科を後回しにした。科学は西洋から来たもので、天皇への忠誠を育てる妨げになると見られたからだ。これに対し、元は理科の教員で翻訳者でもあった発行者の山県悌三郎は、科学こそ国家が求める人間を育てると考えた、と著者は見る。
若者の側にも、科学を遠ざける見方があった。当時、出世の近道は政治や法律とされ、科学は野心のない者が進む道と見られていた。そこで同誌は、政治の栄光は一時のものだと戒め、貧しい生い立ちから身を起こした西洋の技術者の伝記を載せて、出世したいという気持ちを科学へ向けさせようとした。
では、科学を志す少年として勧められた姿はどんなものだっただろうか。同誌は英国の少年誌を手本に、登山や狩猟を、体力と知力の両方が必要な科学の取り組みとして勧めた。だが登山を論じた植物学者の三好学が自分で山に登った可能性は低いと著者は見ており、挙げられた装備も少年たちに用意できるものではなかった。狩猟の免許も高額で、1877年に出されたのは166件にとどまる。誌名の「園」のとおり、同誌は誌面を少年たちの想像の庭として開き、読者はそこで実際には行けない冒険を味わっていた、と著者は見る。体力と知力を兼ねた英雄としての科学者の姿は、出世を望む少年にも、理想の臣民を育てたい教育者にも響くものだったという。
この想像の庭は、1894年に日清戦争が始まると、朝鮮の戦場に取って代わられる。誌面は清国の軍備や日本の艦船を細かく伝える記事で埋まった。当時、多くの人は錦絵(色刷りの木版画)から戦争の情報を得ていたが、同誌はこれを批判した。問題にしたのは好戦的な内容や敵の描き方ではなく、軍艦の描写が不正確で古いことだった。この戦争は技術の戦いであり、日本は科学技術に開かれているから勝っている、という同誌の論調を錦絵が損なうからだと著者は見る。戦争一色の誌面は、それまでの方針から外れたようにも見える。だが著者は、臣民としての少年の志を科学技術に結びつけてきた同誌の取り組みが行き着いた先だと見ている。
ここが面白い&読んでみてほしいポイント
子どものころ読んだ科学雑誌は、様々な現象や自然の不思議を伝え、それがどういう仕組みになっているのかを教えてくれることで、科学全般への関心を高めてくれた記憶がある。この論文が取り上げる雑誌では、「科学」と「立身出世」「忠君愛国」「戦争」というキーワードが結び付けられており、今の感覚からすると、なぜこの雑誌でその組み合わせになるのかと違和感を覚える。しかし、当時の少年たちにとってはその組み合わせは自然だった、あるいは科学そのものの位置づけがまだ定まっていなかったのかもしれない。
一方で、「科学=客観」という考え方が自分の中にもあった気がする。科学的事実は変わらなくとも、それをどのように伝え、何に役に立つのかということは、現実の文脈の中に位置づけられるのだと実感させられる。
現代の教育はどのような文脈に置かれるのだろうか。宇宙開拓や南極探検のように科学と冒険は現在も一定の結びつきを持っているように見える。そこに違和感を覚えたことはなかったが、科学と冒険の組み合わせはどの国でも同じなのだろうか。そして、それは例えば子どもたちの夢や、科学のイメージにどのような影響を与えているのだろうか。考えさせられることは多い。論文の続きはぜひ上記のリンクからご確認いただきたい。
※本記事は、論文の機械翻訳とAIによる要約を参考にしつつ、原文の要所を筆者自身が確認したうえで執筆しています。それでも誤りが含まれる可能性があります。お気づきの点があれば、ご指摘いただけるとありがたいです。訂正を行った場合は訂正の記録に記載いたします。
カテゴリ: 論文レビュー / タグ: #少年園 #明治 #科学史 #日本研究
出典: Ruselle Meade, “Juvenile Science and the Japanese Nation: Shōnen’en and the Cultivation of Scientific Subjects,” Japan Review 34 (2019), pp.113-137. https://doi.org/10.15055/00007410(オープンアクセス・CCライセンスの明示なし)
※著者はカナダで工学を学び、東京の特許翻訳の会社での勤務を経て、明治日本の技術翻訳の歴史の研究へと進んでいる。
