夜の線路の向こうから、来るはずのない汽車がやって来る。
明治の日本で実際に語られていた「偽汽車」の怪談だ。正体は、タヌキ。そして翌朝、線路の脇には1匹のタヌキの死体が転がっている――この奇妙な伝説群を論じた論文がある。
今日の論文
- 著者: Michael Dylan Foster(マイケル・ディラン・フォスター) ― カリフォルニア大学デービス校(民俗学・日本文学)。本論文発表時はインディアナ大学
- タイトル: “Haunting Modernity: Tanuki, Trains, and Transformation in Japan”(近代に憑くもの ― タヌキ・汽車・変身・仮訳)
- 掲載: Asian Ethnology, Vol. 71, No. 1, 2012, pp. 3–29(南山宗教文化研究所の民俗学系の学術誌。旧称 Asian Folklore Studies) / DOI: DOIなし
- 論文はこちら: https://asianethnology.org/article/149644-haunting-modernity-tanuki-trains-and-transformation-in-japan
- アクセス: オープンアクセス(CCライセンスの明示なし)
どんな論文?
この論文が言っているのは、ひとことで言えば「タヌキと汽車が対決する明治の伝説は、急速に姿を変えていく風景と時間への、人々の不安と抵抗の物語だった」ということだ。
論文は飲食店や酒屋の店先でおなじみの、笠をかぶって徳利を提げた陽気な信楽焼のタヌキ像から始まる。だが著者が追うのは、その愛嬌ある姿のもう一つの顔だ。19世紀末から20世紀初頭、鉄道が地方へ延びていった時代、日本各地で「偽汽車」の伝説が語られた。夜、本物の汽車の前方から、あるはずのない汽笛が鳴り、汽車の走る音が近づいてくる。運転士がひるまず進むと幻は消え、翌朝、線路のそばでタヌキが死んでいる――という型の話である。早くにこの話に触れたのは民俗学者の柳田國男と佐々木喜善で、のちに松谷みよ子が本州・九州・四国から40例以上を集成している。日本中に広まっていた物語だった。
同氏はここに、伝統的な民俗の世界と、田園を作り変えていく新技術との衝突を読む。タヌキは古い風景の側に立ち、得意の「化ける」力で、なんとその相手そのもの――汽車――に変身して立ちはだかる。同氏の読みでは、風景の時間はすでに汽車のものになりつつあり、タヌキが古い力を使えるのは、ほんの一瞬にすぎない。鉄道は天皇と並ぶ近代日本の二大シンボルでもあった。開業初日の列車に乗ったのは明治天皇で、1900年代初めにはほぼ全線が国有化される。タヌキが立ちはだかった相手は、国家そのものでもあったのだ。その抵抗は一夜の幻にしかならず、伝説はほぼ決まってタヌキの死で終わるのである。
さらに同氏は、これが「憑く(haunting)」物語であることに注目する。過去の落ち着かない記憶が現在の一見合理化した流れをかき乱す。妖怪とはそういう働きをするものだとすれば、偽汽車の伝説は、時間と場所の関係を考えさせると同時に、近代に抵抗するイデオロギー的な色合いすら帯びうる――と論じていると私は理解した。
ここが面白い&読んでみてほしいポイント
タヌキと汽車の怪談については、この論文で初めて知った。タヌキは、いわゆる妖怪とは違い、実在する動物でもある。しかし、キツネなどと同様に怪談では人を化かす妖怪としての姿も持つ。
妖怪といえば、いまではかわいいキャラクターとして消費されることもあるが、かつては説明のつかない出来事を表現する役割を持っていただろう。しかし、偽汽車の伝説のタヌキは敗れ去ることで妖怪としての力を失うようにも見えて、少しの寂しさが残る。
もうひとつ考えさせられるのは、「憑く」という言葉が捉える範囲である。幽霊やあやかしの話は、単なる怖い話ではなく、社会が急に変わるときに人々が感じた戸惑いの記録として読める。同氏の言う、時間が場所からずれる、あるいは場所が時間からずれる感覚を、いまを生きる私たちが感じるのはどのような場面だろうか。
同氏がフィールドワークを行った下甑島には、汽車が走ったことがない。島の男性が夜に出会うのは、うわさに聞いただけの汽車である。こちらの話ではタヌキは死なない。失われた過去ではなく、未来への憧れが化けているからだ。過去へ戻りたい気持ちも、まだ来ない何かへの憧れも、いま自分がいる場所とは違う時間を見ている点では似通っているのかもしれない。そう気づかせてくれた論文だった。
論文の続きはぜひ上記のリンクからご確認いただきたい。
※本記事は、論文の機械翻訳とAIによる要約を参考にしつつ、原文の要所を筆者自身が確認したうえで執筆しています。それでも誤りが含まれる可能性があります。お気づきの点があれば、ご指摘いただけるとありがたいです。訂正を行った場合は訂正の記録に記載いたします。
カテゴリ: 論文レビュー / タグ: #タヌキ #妖怪 #偽汽車 #民俗学 #明治 #日本研究
出典: Foster, Michael Dylan. “Haunting Modernity: Tanuki, Trains, and Transformation in Japan.” Asian Ethnology, vol. 71, no. 1, 2012, pp. 3–29. https://asianethnology.org/article/149644-haunting-modernity-tanuki-trains-and-transformation-in-japan (CCライセンスの明示なし)
※同氏も論文の中で扱っているが、タヌキが開発に抗って化けて戦う物語といえば『平成狸合戦ぽんぽこ』を思い出す人も多いだろう。明治の偽汽車伝説を知ってからあの映画を思い返すと、タヌキの戦いに百年前からの連続が見えるような気がする。
※同氏の著書 Pandemonium and Parade: Japanese Monsters and the Culture of Yōkai (2009) は、『日本妖怪考——百鬼夜行から水木しげるまで』(廣田龍平訳、森話社、2017年)として邦訳されている。本論文の邦訳はないが、同氏の妖怪研究の全体像は日本語で読むことができる。
