※本記事では、東日本大震災に関する内容を扱っています。
あのとき、私たちはなぜスマートフォンを手に取り続けたのだろうか。
きっかけは身近な人の安否を確かめるためだったと思う。だが、確認が済んだあとも画面を見続け、言葉を書き込んだ人は多かったはずだ。その行為が何だったのかを、震災から6年後に聞き取りを行い、SNSへの投稿の記録と突き合わせて分析した論文がある。
今日の論文
- 著者: Sonja Petrovic ― メルボルン大学 文化・コミュニケーション学部(メディア研究)
- タイトル: “A Sense of Communal Belonging in Digital Space: The Case of the 3.11 Disaster”(デジタル空間における共同体への帰属感 ― 3.11災害の事例・仮訳)
- 掲載: New Voices in Japanese Studies 11, 2019, pp. 74–98 / DOI: 10.21159/nvjs.11.04
- 論文はこちら: https://doi.org/10.21159/nvjs.11.04
- アクセス: オープンアクセス(CC BY-NC-ND 4.0)
どんな論文?
この論文が言っているのは、ひとことで言えば、3.11のあとのSNSは情報をやりとりする道具であると同時に、遠くの見知らぬ他者への気づかいが生まれる感情共有の場になっていた、ということだ。
著者はその働きをDövelingらのソーシャルメディアの使用に関する理論を用いて、ミクロ・メソ・マクロという3つの層に分けて捉える。ミクロは家族や友人との安否確認、メソは地域や集団のなかで生まれる支えあいの感覚、マクロは画像や映像などを通して、グローバルなレベルで面識のない人どうしで行われる感情の共有である。
面白いのは、この層が混ざる場面である。友人と互いの無事を確かめ合う会話の途中に、被災地の人々を案じる言葉が滑り込む。個人的なやりとりが、いつのまにか遠くの誰かへの気づかいへ接続していく。友人どうしの感情の共有と、遠くの似た他者への同情とが交わるところに、感情の共同体が築かれうる可能性を著者は示していく。
今回の研究の核となるのは震災から6年後に行われた聞き取りである。著者は2017年8月から11月にかけて、25歳から59歳までの38人に通訳を使わずに日本語で対面インタビューを行った。対象は携帯電話の契約率とモバイル回線でのネット利用率が当時国内で最も高かった東京在住の人が中心である。回答者は被災地から相対的に距離のあった人が多かったが、生活には様々な影響を受けており、SNSで情報を発信、収集する機会も多かった。震災当時の投稿を本人から集め、語りと突き合わせている。
なお、今回の調査はスノーボール・サンプリングのため、著者はこの標本は代表的とはみなされないことも付言している。そして、この結果が日本のユーザーに特有の共同体への帰属意識に関するものであるかという議論については範囲外である、とも断っている。読むときにはこの点を記憶にとどめておきたい。
ここが面白い&読んでみてほしいポイント
3.11の震災前後で、私の中のSNSに対する考え方は大きく変わった気がする。それまでは個人的なコミュニケーションの道具であり、自分と関係する人の近況を知る手段にとどまっていた。
しかしあの日以降、現地の状況、原発の危機的な状況、その後の計画停電の情報など、様々な情報がSNSを通じて入ってきた。SNSは、不確かではあっても最も早く情報が入ってくる場所へと変わっていったのである。
この論文で紹介されているのはSNSで発信した人々だが、それを見ていた人はもっといるはずである。震災前に福島第一原発を訪れたことがあった。技術の粋を集めたあの巨大な発電所が津波の力で無残な姿になっているのを見たとき、訪問して得たはずのその土地や人への実感が失われ、そこがまた知らない場所に戻ってしまったように感じた。あの時案内してくれた方々は無事だろうかと思いながらも、SNSで発信することはなかった。だからこそ、当時何らかの発信を行っていた人が何を思い、行動していたのかは大変興味深かった。
様々な災害やニュースにSNSを通じて触れるようになり、今では真っ先にSNSで情報を知るようになった。現代は情報の伝わる速さも量も桁違いで、その分、ネガティブな情報に触れる機会も増えている。それでも、善意の紐帯が生まれる場面もまた見てきた。それは、デジタル時代におけるSNSへの新しい適応の形なのだろうか。論文の続きはぜひ上記のリンクからご確認いただきたい。
※本記事は、論文の機械翻訳とAIによる要約を参考にしつつ、原文の要所を筆者自身が確認したうえで執筆しています。それでも誤りが含まれる可能性があります。お気づきの点があれば、ご指摘いただけるとありがたいです。訂正を行った場合は訂正の記録に記載いたします。
カテゴリ: 論文レビュー / タグ: #3.11 #SNS #災害 #メディア研究 #日本研究
出典: Petrovic, Sonja. “A Sense of Communal Belonging in Digital Space: The Case of the 3.11 Disaster.” New Voices in Japanese Studies 11 (2019): 74–98. https://doi.org/10.21159/nvjs.11.04 (オープンアクセス・CC BY-NC-ND 4.0)
※著者は他にも日本のデジタル環境を研究しており、近年は日本の若い女性のTikTokでの自己表現を扱っている。(確認源: メルボルン大学 Find an Expert, 2026-08-10閲覧)
