このブログについて

はじめに ― 日本研究とは何か

――推しは、推せるときに推せ。誰かがそうささやいた気がした。

皆さんには、好きだったり、興味を惹かれるがゆえに応援したいものや人はあるだろうか。そういったものを、最近世間では「推し」と呼ぶようである。

私の「推し」は、日本研究だ。「研究? つまらなそう」と思った方も、もう少しだけお付き合いいただけるとありがたい。

日本研究という研究分野をご存じだろうか。ヨーロッパでは「日本学」と呼ばれることもある。どちらも、海外の大学や大学院で日本や日本文化について研究する学問である。(東)アジア研究の一領域として位置づけている大学も多い。日本研究を教える大学では、日本の歴史、文学作品、ポップカルチャー、美術、社会、風俗、宗教など、日本に関して様々なことを教えている。研究手法も、歴史学、社会学、文化人類学、経済学、宗教学、文学など多岐にわたるため、「こういうものが日本研究だ」と一言で言うことも難しい。ここでは大まかに、外国で行われる日本や日本文化についての研究と捉えていただければよいと思う。

日本研究は面白い

少し堅苦しくなってしまったが、日本のありとあらゆるものが対象となる日本研究は、とても面白い。アニメ、ゲーム、食文化、ファッション、お祭りなど、なぜそれを研究テーマに選んだのか、そのテーマをどう扱うのか、そんな身近なテーマから、どんなメッセージが導き出されるのか ――そんな疑問が湧いてくるようなテーマが研究対象になっている。あるいは多くの日本人になじみのない文化・風習・人物・作品・出来事が研究テーマとして取り上げられていたりする。こうした様々なテーマについて、欧米の優秀な大学生・大学院生が相応の期間をかけて調査・研究した結果が、面白くないはずがない、と私は思う。

NHKで2024年に放送された「最深日本研究〜外国人博士の目〜」は、日本研究者を取り上げた番組である。そこでは、フィールドワークのため自らVTuberとなった研究者、スナックの社会学研究者、ラーメンから文化の伝播を研究する歴史学者といった日本研究者が紹介されていた。日本研究の取り組みが日本で映像化されることに感動した。そして、もっと知りたいとも思った。

世界にはまだまだ無数の日本研究があるが、彼らの本分である「論文」を紹介するものは多くない。その理由の一つは、言語の問題だと考えられる。彼らが執筆する論文は、英語など外国語で発表されるものがほとんどである(日本の研究雑誌に日本語で投稿する強者もいるが)。海外の論文を英語で読む、というだけで相当ハードルが高くなってしまう。少なくとも、私にとってはそうであった。

しかし現代では、機械翻訳の精度が向上するとともに、外国語の論文もインターネット上で比較的容易に閲覧できるようになってきた。そうした時代の流れに乗って、このブログではようやく読めるようになってきた日本研究の論文を紹介し、その感想をシェアしていきたいと考えている。

注意書きという名の言い訳

とはいえ、ここで早速だが、いくつか注意点を申し上げておきたい。先ほども触れたとおり、筆者は外国語が苦手なため、多くの部分の読解を機械翻訳やAIによる要約に頼っていること。論文には専門用語や専門知識が出てくるが、記事を書いている私がその分野の専門ではないこと。私の主観的な感想が中心となるため、論文の執筆者の意図を十分にくみ取れない場合があること。こうした理由から、論文の内容について誤った理解を記載してしまう可能性がある。こうした誤りの責任は、当然このブログの執筆者である私に帰せられるが、もし間違いに気づいた場合は、ご指摘いただければ幸いである。そして、もし関心を持っていただけたなら、ぜひ実際の論文にも触れていただきたい

それでも、日本研究を推したい

こうしたリスクを抱えながらもブログを書いてみようと思った動機は、私が関心を持ち始めてから現在にいたるまで、日本研究についてアクセスできる手段・情報量が、それほど変わっていないと感じるからだ。もっと世界中の日本研究を知りたいと考えてきたが、なかなか自分の好みの論文や研究を紹介してくれる媒体に出会うことはできなかった。そう考えている間にも、時間は過ぎていってしまう。毎年、多くの研究が発表されていく。それならば、完璧とはいかないまでも関心を持った論文を読み、拙いながらもその記録を残していくことで、自分にとっても、もしかすると、どこかで同じ悩みを抱えている誰かにとっても、役に立つのではないかと考えた。

偶然このブログを読んでくださった方に、日本研究のよさが少しでも伝わればうれしい。すでに日本研究についてよくご存じの方は、ぜひ、あなたの「推し研究」「推し研究者」を教えていただければありがたい。

気づけば魅力にあふれ、底なしの日本研究の沼にはまっているかもしれない。